プロレスのカメラワーク

新日本プロレスは基本3つの固定カメラで撮る。
一つはリング中央のアップ、一つはリング全体を撮るロング。タッグマッチだとリング周辺にいる控えのタッグパートナーを含めた全体を撮る必要が出てくるので、このカメラが必要になる。3つ目が対角線を撮るカメラ。


新日のG1に外敵として参戦した、秋山準選手や杉浦選手は、新日のカメラワークに適応した試合をしたから、新日ファンから絶賛された。逆に新日所属で新日のカメラワークに適応していない選手としては、藤田選手と中西選手が浮かぶ。この二人は体の大きいヘビー級で、アマレス出身者特有の低い構えをガチスパーリングの時には出す。本気モードのアマレススパーリングを大きいサイズの人がやるとき、相手&自分のリーチがギリギリ届かない距離で向かい合って、そこから一歩踏み込む、踏み込まないの駆け引きからスタートするのだが、リング中央をアップで撮るカメラの枠からギリギリ外れてしまう。上手いプロレスラーは、リング中央のアップの画面の中で試合をするが、藤田中西辺りは、画面の外から腕や頭が入ってくる感じになる。


カメラワークでもっと判りやすい失敗例を出すと、IGFでネットの生放送(ニコ生)がある試合で、場外乱闘をしたとき、カメラが場外を映さずに、誰もいないリング上を10分ほど映していたことがある。カメラマンサイドから言えば、いまのネット動画環境だと素人の肖像権がプロよりも保護されていて、無許可で素人の顔を撮影する事は出来ない。昔の家庭用ビデオがなかった時代だと、生放送を見逃したら二度と見れない放送だから、いくらでも客席の素人の顔を映せたが、ネットだと、半永久的に視聴者のハードディスク内にデータが残り、それらが違法アップロードされる可能性もあるわけで、一度放送したものを削除することが原理的に不可能になるため、個人が特定できる素人の顔をネットに流す事は法的に出来ない。それを知らない選手が、場外乱闘をして、ある種ファンの目の前で試合をするというファンサービスなのだが、ネット放送的には試合音声だけ聞こえて、無人のリングがずっと映されていることになる。もっと言えば、これがメインのタッグマッチだったのだが、タッグなら一組が場外乱闘している間に、もう一組がリング上で試合をするとかやり方はあると思うが、単純に選手はハンディカメラが自分の後ろについてきて、撮影してくれているものと思い込んでいるのが痛い。


新日がCMLLと組んで後楽園ホールでやった試合で言えば、リングを囲む客席が東西南北にあるのだが、カメラ=実況アナウンサーがいる放送席は、南側にあって、北のリングに向かって実況している。後楽園ホールの座席表http://www.tokyo-dome.co.jp/hall/seat/を見れば判るが、左右の東西席の折りたたみイス席は4列程度と少なく、客の多くは実況席=カメラ側と同じ方向から見る南側席に座る。


選手が場外に跳ぶトペは左右に跳んで、東西の折りたたみイス席に倒れこむが、左右の折りたたみイス席のお客さんは選手が上から跳んできてイス席をぐちゃぐちゃにしたときの対応が手馴れている。私個人の印象でしかないが、この席に座るのは新日の関係者に見える。平たく言って選手や社員の家族、もっと言えば次回参戦予定のプロレスラーとマネージャーがスーツを着て見に来ている座席。また、カメラの対面になる北側席の前列1〜3列目は最初からカメラに写る前提なので、やはりそれようのお客さんが来ているように見える。


場外乱闘をするなら、カメラや実況席のある南側席以外の折りたたみイス席なら、ある程度対応できる気がするんですよ。連絡先のわからない素人じゃなくて取引先の業界関係者席だから顔を映してもOKの許可が比較的取りやすい。ところが、中西選手や藤田選手は実況席のアナウンサーに場外乱闘の実況して欲しいから、実況席付近で暴れる。ハンディカメラもアナウンサー個人までは映せるが、奥の南側固定イス客席で暴れだすと、何も映せなくなる。


武藤全日の試合だと、東西南北それぞれにハンディカメラマンがいて、リングサイドから攻撃側の選手をアップで映す。これが迫力のある絵にはなるのだが、いくつか問題点がある。一つは試合全体の流れがわかりにくい映像になる。Jリーグ発足して日本で最初に本格的なサッカー中継をするとき、最初はボールを持っている選手のアップやボールのアップを撮る方向で絵を作った。ドリブルをしている選手の顔のアップで表情を撮り、ボールのアップでボールを扱う選手の足さばきを撮る。これだと迫力のある絵になるのだが、試合の流れがわからない。パスを受ける選手が、どうやって自分のマークを外したのか、おとり役の選手が走ってパスをもらいに行っている間、守備の選手二人を引きつけておいて、マークの外れた選手が空いたスペースに走りこんでパスをもらうという一連の流れが、アップの絵だと伝わらない。武藤全日の試合映像はそれに近くて、攻撃側の選手のアップは撮れているが、攻撃されている側の選手の絵や、レフリーの動きなど、試合の流れの部分が見えにくかったりもする。タッグマッチで、試合の権利を持たないヒール選手が、相手選手にリング外からちょっかいをかけて、レフリーともめている間に、リング内のヒール選手がダメージを回復してより大きな反則攻撃・凶器攻撃につなげるなどの流れや、攻撃側の選手がコーナーポストに登っている間、倒れている選手がダメージで動けないのか、動けるけど反撃のためにわざとじっとしているのか、そういう流れがわからない。もっと言えば、ボクシングでも右側が赤コーナー、左側が青コーナーで、右側対左側の試合として見るが、四方から撮影して、南側カメラから北側カメラにスイッチャーがチェンジすると、左右の選手が入れ替わるので、どっちがどっちだがわからなくなる。サッカーやバスケでも、右側のチームと左側のチームで認識しているのに、左右がコロコロ入れ替わったのでは、何がなんだか判らない。


四方から撮影することのデメリットで別のをあげると、選手がカメラに向かって試合(絵作り)をしなくなるというのがある。ボクシングでも向かって右側にサウスポーの選手、左側に右利きの選手がきて構えると、向かい合ったときに、左側の選手が左手を前に出し、右側の選手が右手を前に出すので、上半身が客席側に開いて見やすい印象になる。二人の立ち位置がカタカナの「ハ」の字型になる。漫才の立ち方もそうで、二人が向かい合って立ち、上半身をカメラ側に向かって開くのが正しい立ち姿になる。プロレスも同じで「ハ」の字型に構えるのだが、武藤全日の選手はカメラに対して二人とも背中を向ける逆「ハ」の字型の選手が多い。真田選手が典型だが、諏訪魔選手もカメラに対して対面に立つので、相手選手が背中を向けることになる。


IGFでレフリーがカメラの位置を間違えて、カメラに背中を向けて試合をさせたことがあって、漫才を背中側から見ているような不思議な感じを味わったが、真田選手の試合は常に二人がカメラに背中を向けて試合をしている。