初めてプロレスの見方を理解できたと思えた試合

中西学VS西村修
中西学VSケンドー・カシン
ケンドー・カシンVS西村修


2002年前後の試合で、自分としてはプロレスにまったく興味がないのだけれども、周囲にプロレスファンが多くて、話についていかなくてはいけなかった時期。子供の頃、タイガーマスクブームがあって、跳んだり跳ねたりのプロレスの面白さは分かっていたが、それとは違う見方をしている輪に入ろうとしていた。


興味ないなりに、雑誌やポスターで選手を見ると、中西学という選手が、写真うつりが良くてカッコ良く見える。が、プロレス通の輪の中で「中西カッコ良いよね」と言うと「素人だね、分かってないね」という扱いをされる。通の中では西村選手の評価が高いが、写真で見る限り、胸板はあばら骨が浮き出て、骨と皮だけで、筋肉質でもないし、お年寄りのような体つきだ。


ごつくて筋肉質な中西選手と、やせこけてあばら骨の浮き出た西村選手が向かい合って試合を始める。体は中西選手の方が2回りほどデカいし、西村選手は常に負け役で、負けて人気が上がる選手で、勝つと人気が落ちる選手だ。試合を見なくても、中西-西村という対戦カードを見ただけで、試合結果が誰にでも分かる。


試合が始まって、体格差があるので、一方的に西村選手が投げられて飛ばされて、やられまくっている。中西選手の懐に入って関節を極めようとするが、腕のリーチが中西選手の方が長いため、何をどうやっても懐に入れない。中西選手が腕を伸ばして、西村選手の胸や頭を押すと西村選手側からは、中西選手の胴体まで手が届かない。仕方がないので西村選手は、中西選手の手の平の指先や手首の関節をちまちま触って、何かしているが、捕まれて投げ飛ばされているのは西村選手だ。


指や手首の関節を触って、指先の細かい関節を極めている(設定の)うちに、中西選手の握力が落ちてきて、上手く西村選手をつかめなくなってくる。しょうがないので、拳でガンガン殴ったりしているうちに、つかめなくなった拳から一歩懐に入って、ヒジの関節をいじり始める西村選手。とはいえ、投げ飛ばされ、寝転がった上から足で踏まれたり、上から押さえ込まれたりして、一方的に中西選手に攻められている状態だ。


そうこうしているうちに、ひじの関節も具合が悪くなってきたのか、さらに一歩、懐に入られるようになって、肩の関節が極められ始めると、中西選手の構えが、片腕は上げるが、もう片腕が上がらずに「だらん」と、下に垂れたままになってくる。


体格差はある。一方的に投げ飛ばされている。とわいえ、さすがに腕一本駄目にされて、片腕で闘うハメになると、いくら中西選手でも負けるのではないかという空気になり始める。


中西選手が西村選手を肩の上に担ぎ上げ、アルゼンチン・バックブリーカーの体勢になったとき、西村選手は担ぎ上げられた状態から、中西選手の首に腕を回し、チョーク・スリーパーで締め上げ始めた。この時期の中西選手の典型的な負けパターンで、ここ2〜3ヶ月ほど、ずっと同じパターンで負けてきた。アルゼンチンを極めたところからのチョーク・スリーパー。他の選手にこのパターンで負けるならともかく、負け役No1レスラーの西村選手にこのパターンで負けるということは、新日のストーリー上一番弱い選手に負けるわけで、アマレスでオリンピックにも出て、写真うつりが良くて、新規客からの人気が高い中西選手にとって、屈辱的な試合結果ですよ。芸能人水泳大会で、ジャニーズの人気No1アイドルが、25mクロールで、江頭2:50に負けるみたいな、ありえない展開です。


会場中の客席が「あ〜〜〜、あ」とため息ついて、一部の中西ファンが怒って席を立って「見ててもつまらないから、トイレか売店にでも行くわ」つって、席を離れるお客さんが増えてきた状態で、急に客席から歓声が起きて、何かなと思ったら、チョークスリーパーされている中西選手が、苦し紛れに西村選手の頭をつかんでアイアンクローで握りつぶすと、西村選手が最初抵抗していたが、突然、全身の力がガクンと落ちて、手足がぷら〜〜〜んと垂れて、失神した。頭をつかまれている西村選手の手足が宙に浮いて、首吊り自殺した人の体みたいに揺れている。客席には、悲鳴をあげて泣き出す人、「レフリー何やってんだ、カウントとか良いから、救急車呼べよ」と怒鳴る人、「大丈夫、西村のいつものプロレスだよ」と周囲を落ち着かせようとする人。


その数日後に、2回連続で棚橋選手が中西選手にアイアンクローで失神負けしている。その時の写真を見ると、棚橋選手は両膝をマットについた状態で、頭をつかまれ、両腕がぷら〜んと垂れているが、肩に力が入っていて、西村選手のぷら〜んには程遠い失神だった。試合内容を他の選手に真似されるということは、他の選手から見ても面白い部類に入る試合だったのだなと思う。


西村選手&カシン選手は脚本のクオリティの高さで売る選手で、試合時間を厳密に四等分して起承転結の四つに分ける。起承の部分では、お客さんの期待通り=予想通りの試合をするが、転の部分で期待を裏切り、試合を脱線させ、収拾のつかないパニック状態を作り出す。上記の場合、負け役レスラーの西村選手が、主役の中西選手に勝ってしまう状況を転の部分で作る。そして最後に、そのパニックを収拾させて、お客さんの望む期待通りの、予想通りの結論へ着地させる。


体格差が顕著な試合の場合、大柄な選手は相手選手を持ち上げて投げ飛ばしたり、上から押さえ込んだり出来るが、小柄な選手は関節を極める以外に抵抗する手段がない。例え打撃であっても、小柄な選手の有効打は、膝の裏や足首に対する出足払いなど、関節周辺に限られる。


・中西-カシン戦
アマレスでオリンピック日本代表の中西選手と、オリンピックの強化選手だったカシン選手で、アマレスのシリアスなスパーリングをして、真剣な顔で闘う二人の顔を散々見せる。


その後、小柄なカシン選手が体のデカイ中西選手を肩に担ぎ上げてアルゼンチン・バックブリーカーの体勢に持っていこうとする。中西選手のわき腹に頭や肩を付けて持ち上げようとするが、体格差がありすぎて小柄なカシン選手は持ち上げられない。その間、中西選手は、ぽかぁ〜〜んと口を空けて、カシン選手を見ている。「何してるんだろうこの人」みたいな顔でカシン選手をぽけ〜〜と眺める間抜け面の中西選手。本来、プロレスラーなら、カシン選手が持ち上げようとするタイミングに合わせて、担ぎ上げやすいように、肩に乗ってあげるとか、逆に足を踏ん張って持ち上げられないように抵抗するとかしなければいけないが、口半開きでぽけ〜〜と対戦相手を眺めている。何度やっても持ち上げられないカシン選手は、あきらめて、何事もなかったかのように向かい合って構える。会場爆笑。カシン選手の、最初っから持ち上げようなんてしてませんでしたよ的なごまかしと、中西選手の口半開きが笑える。


当時、対戦相手の必殺技をその選手に掛けるという、安易な技の交換が流行っていた時期で、それに対する皮肉も込められている。


・カシン-西村戦
かみ合った面白い試合、跳んだり跳ねたりの派手なプロレスをして、最初は盛り上がって面白いんだけれども、10分ぐらいずっと同じペースで同じような技を繰り返し出していると、お客さんも段々飽きてきて、だらけて退屈そうな空気になる。売店やトイレに、席を立つ人が増えてきた客席全体をTVカメラが映した瞬間、リング上で何かすごいことが起きて、客席全体がびっくりしている。席を立って試合を見ていなかったお客さんが、近くの人に何が起きたのか聞いているが、見ているお客さんも何が起きたのか理解できないし、説明できない。TV画面では、決定的な何かが起きた瞬間だけ、会場の客席全体を映す構図だったのでお客さんの反応は分かるが、何が起きたのかはまったく分からない。


西村選手とカシン選手でボクシングのスパーリングをしている。格闘プロレスの人はよく、弧の動き・円の動きを重視する。素人がボクシングをすると、直線的に前に出て、相手をコーナーに詰めようとするが、その時、相手選手が直線的に後ろに下がらず、弧や円を描くように横に逃げると、直線的に前に詰めた選手の背後に回ることができる。コーナーで横にぐるっと回られると、前に出た側がコーナーを背に闘うことになる。コーナーで逆転されないためには、詰める側も左右に体を振って、横に逃げられないように弧を描くようにして前に詰めなくてはいけない。


円を描くように、リング上で華麗なフットワークを見せる二人が、ウィービングやダッキングの美しいフォームを見せながら、ダンスのようにボクシングを踊っている。パンチはもちろん寸止めで、プロレスルールでは顔を拳で殴ると反則だから、当てないパンチを出し合っている。リング中央で輪になってぐるぐる回っているうちに、大振りの右フックが来て、それを避けようとした選手が体勢を崩して左足を上げて、右側にこけそうになる。上がった左足のヒザ裏に右フックが絡まって、そのままローリングクレイドル状態で二人の体がもつれてグルグル回り、不思議な動きをしたかと思うと、何事もなかったかのように、体がほどけて、ボクシングのスパーリングに戻る。


ボクシングのスパーリングがリアルな分、そこからローリングクレイドルというフィギュアスケート的なインチキ臭い技につながって、リアルなスパーリングに戻ることでシュールな違和感と驚きが会場中に広がる。面白い試合でもカッコ良い試合でもなく、驚かせることのみを目的とした試合運びです。