蝶野選手vs中邑選手

新日本プロレスがアメリカのTNA、メキシコのCMLLと提携し、中邑選手と棚橋選手を遠征に出した時、蝶野選手は真っ先に蝶天タッグ復活を発表した。
TNA、CMLL共に空中殺法を得意とするルチャ系の団体であり、蝶野選手はルチャ系の武藤選手と闘っていたとき、空中をカッコ良く舞う武藤選手を下で受け止め、高く跳ぶために持ち上げる、ルチャの踏み台役として鳴らした選手だ。高山選手に言わせると、蝶野選手はとにかく上手いらしい。相手選手に投げられる時も、投げる選手の軸足の上に体重を乗せるのが上手いという。下手な選手だと軸足とは逆の足に体重を乗せたり、両足の真ん中に体重を乗せたりするのが、一発で正確に軸足に乗るので投げる時、軽く感じるし楽であるらしい。ルチャのパートナー役は、そういった上手さが要求される。跳ぶ選手が多少飛距離や方向を間違えても、正確に着地点に入り込んで受け止めなければ、跳んだ選手が怪我をする。パートナーが上手ければ、跳ぶ選手は安心して跳べるが、パートナーが下手だと怖くて跳べなくなる。初代タイガーマスク選手の試合を見ても、ダイナマイト・キッド選手相手だとガンガン跳べるが、ブラック・タイガー選手相手だとまったく跳べない。ルチャの選手が高く跳ぶには、自分の体重をあずけられる、信頼に足るパートナーが必要になる。


蝶野選手は奥さんがドイツ人で、本人もドイツ語や英語が達者だったりするので、新日本に来た外国人選手が日本で何か困った事があった時、一番相談しやすい選手が蝶野選手だという。外国人選手がルチャをする時、他の日本人選手相手では出来ない技が、蝶野選手相手なら出来たり、母国では成功しなかった技が、蝶野選手のおかげで出来るようになったりという事があるらしい。跳ぶ選手を受ける役に関して、日本で一番上手いぐらいの自負は蝶野選手にあると思う。その蝶野選手が自分のテクニックを引き継ぐ愛弟子の天山選手とタッグを組み、TNAでルチャを学んで帰って来る棚橋・中邑組と闘う時、蝶野選手は俺の時代が来たと感じただろう。その棚橋・中邑組が日本に戻って蝶天タッグと闘った試合で、棚橋・中邑組が二人同時にバク転系の技を出す場面があった。バク転をする中邑選手の背中に蝶野選手が補助として腕を出し、中邑選手の背中を乗せてより高く持ち上げて回してあげる場面で、中邑選手は差し出された補助を見て、補助よりも15センチ上を跳んで蝶野選手の助けなしでバク転をした。隣の棚橋選手をみると、中邑選手より15センチ低く跳んでおり、天山選手は補助を出していない。おそらく、棚橋−天山組の動きが普通なのだろう。そこへ蝶野選手は彼一流の優しさで補助を出し、中邑選手は彼一流の厳しさで通常より15センチ高く跳んだ。俺がお前を神輿として高く担ぎ上げてやるぞという蝶野選手と、先輩の手を借りず自力でどこまで行けるか試してみたいんだという中邑選手の無言の技のやり取りが、ドラマチックだった。中邑選手に手を差し出したつもりが、頼られることなく、クリアされた蝶野選手はそこから急に動きが鈍くなり、リング下から半開きの口でゼーゼー呼吸し、絶望感に満ちた表情でリング上を見上げるだけだった。あの場面の中邑選手はカッコ良かったし正しいと思う。蝶野選手の判断も正しいと思う。誰も間違ってないのに、誰かが傷つく。それも残酷な現実を示していてドラマチックだった。あそこで中邑選手が蝶野選手の気持ちを汲んで体重をあずけていたら、永田選手みたいな試合になるし、蝶野選手の補助に気付かずに補助の15センチ上を跳んでいたら中西選手みたいな試合になると思う。分かった上で15センチ上を跳ぶのが中邑選手っぽい。


あの試合のあと、蝶野選手はブロック・レスナー選手と闘う。外国人キラー蝶野選手とすれば、自分の上手さでレスナー選手を魅了し「今まで何度練習しても出来なかったルチャの技が、蝶野選手のおかげで出来た。蝶野は最高だ」と言わせれば一発逆転もありえる計算だった。が、レスナー選手の体重は思ったよりも重く、下から持ち上げようにも持ち上がらない。レスナー選手本人のルチャに対する興味も薄かった。復活後の蝶天タッグは、中邑選手が蝶野選手の補助の上を跳んだ時に終わった。蝶野選手のレスラーとしての持ち味は上手いことだ。つまり、下手な選手、素人に近い選手相手に、良い試合を組み立てることが出来るのが売りだ。出来ればその相手はルチャをやりたがっている選手であればより都合が良い。素人、もしくは下手であるにも関わらず、リングに上がって、蝶野選手に神輿としてかついでもらえるのは、知名度や人気や集客力がある人間だ。いま蝶野選手は新日本プロレスサイモン猪木社長に「リングの上で俺と闘え」と呼びかけている。