晴れときどきたかじんの思い出

関西ローカルの番組で、昼の2時〜3時の帯(月〜金)に放送されていた番組で、やしきたかじんの出世番組。半年で5%づつ視聴率を伸ばし、3年目で30%ほどの視聴率を取った。


平日の昼2時〜3時は、主婦と定年退職後の老人ぐらいしか家にいないし、普通の会社員や学生は仕事か学校なので、TV局的には死んでいる時間帯で、東京だと芸能ワイドショー、関西だと時代劇の再放送が流されている時間帯だった。ここでやしきたかじんは奇跡的な視聴率を達成した。


番組を始めるにあたってやしきたかじんが参照したのは、長谷川町子メソッドで、節句や季節毎の風習、冠婚葬祭のマナーなどを主婦向けに紹介する番組作りだった。
一番視聴率を取れたのは、金曜日で、新野新北野誠桂べかこトミーズ雅などがレギュラー出演していた回だ。


この中で、新野新が重要な役割を果たす。関東の人間には馴染みの無い名前だと思うが、カラーテレビが普及する前のラジオの時代から活躍する古株の放送作家で、ラジオのレギュラーも持ち、コラムニストとして連載を持ち本も出している。関東で言えば、永六輔のポジションだろうか。芸風はオカマ口調でしゃべる「大阪のおばちゃんみたいなおっちゃん」で、生鮮食料品の値動きには敏感で、大根が昨日より5円値上がりしたとか、さんまの値段がここ一週間で20円も上がったとか、その分、いわしの値段が安くなったとか、そういう話題でラジオで二時間しゃべれる人だ。時間帯的に主婦がメインターゲットで、主婦目線のパーソナリティを一人入れておく意味で、新野新は重要な役割を果たしている。


やしきたかじんは、毒舌キャラというか、横山やすしキャラで、番組冒頭で一発毒舌をかましてから、CMに行って、番組が始まる。当時だと、庶民から反対が多かった消費税が導入される頃で、カメラに向かって指を指し「(当時の総理)竹下君、キミねぇ。」と時の首相に罵声を浴びせて、過激なトークをしてから番組に入る。番組の特集は、季節感を出して、お中元お歳暮のマナーとか、近所づきあいの悩み相談や、新婚夫婦の悩み相談など、主婦向けのテーマなのだが、新野新は「お中元、誰にいくらの商品を送った?」と他のパーソナリティに聞いて「私はAさんに結構な額の物、送っているよ」とゲスな金の話をし始め、どのタレントのギャラがいくらだとか、このタレントが稼いでいるとか、誰のギャラがいくら減ったとか、ゲスな金の話を大阪のおばちゃん口調で展開する。


番組の特集でよくあるのが、ブライダル業界とか葬式業界とか、化粧品業界とか、建設業界、公共事業業界、引越し業界、など特定産業に従事する人を呼んで、その業界のしきたりやマナーを学ぶ特集があった。葬式だと、お経をあげるお坊さんに包むお布施の額がいくらで、その内訳が交通費20%で、お坊さんの手取りが何%でという場面で、大阪のおばちゃん、新野新は「高いなぁ。もっと安くならないの?」と値切りだす訳です。主婦の視点で言えば、どんな商品も値段は安ければ安いほど良い。やしきたかじんとしては、目の前にゲストでお坊さん呼んで「お経の値段が高い、安くしろ」とは言えない。「そうは言っても、そんなしょっちゅう人が死んで葬式しているわけじゃないし、この人たちも食っていかなきゃいけないわけだから」とフォローするけど、新野新は主婦目線で「もっと安してよ」と値切りに掛かる。ここで北野誠が意地の悪い笑顔を浮かべながら「たかじんさん。毒舌で売っているわけですから、ここはビシッと言わないと、テレビの前の人たちはガッカリするのとちゃいますか?」と追い詰めます。たかじんが「誠、言いたいことあるんやったら、お前が自分で言えや」と言うと、「たかじんさんの冠番組なんですから、たかじんさんが責任持って言わないと、いけないのとちゃいますか?」と追い詰めます。たかじんさんは「いまな。顧問弁護士3人いて、訴訟2つ抱えているねん。後1つまでならギリギリ訴訟抱えられるけど、3つ抱えたら、次の日から俺、当たり障りのあること何にも言えなくなるよ」と言います。


TVで毒舌と言ったとき、ほとんどの毒舌は芸能人が芸能人に対して、言う物で、言われた側も芸能人だから、ある程度は覚悟をしているわけです。そうじゃなくて、タクシー業界とか、医療業界とか、そういう特定の産業従事者に対する毒舌で「値段が高い」「態度が悪い」と言ってしまうと、その業種の労働者組合とか経営者組合から訴訟で訴えられる可能性が高いわけです。TVの場合、どの業界でもその業種のトップの企業はTVCM打っていて「晴れ時々たかじん」の直接のスポンサーじゃなかったとしても、「君の局からCM手を引くよ」と言われたら、TV局はスポンサーと番組どっちを取るかで、結果番組を潰す方向に決定する可能性も高いわけです。晴れ時々たかじんは生放送です。アドリブで、特定の産業に対して毒舌を言うのは非常に危険です。新野新が「高い。安してよ」と言うのは主婦視点だから良いのですが、たかじんさんのトークは、フリップボードを使って「この商品の値段の内訳は、何パーセントが、どこへのキックバックで、ここが製造原価で、ここが流通経費で、40%が小売店の取り分で」としゃべっていて、キックバックを批判するのか、小売店の経費が高いと批判するのか、理路整然と具体的な話をしている分、毒舌が即、訴訟につながります。毒舌と言っても、TV的じゃない毒舌になるわけです。


北野誠たかじんさんやったら、もっとはっきり物言ってくれると思ったけどな」やしきたかじんは「違う。違うんや誠。信じてくれ。誠、信じてくれ」と言いながら泣き出します。「誠、聞いてくれ」と言っているうちは大丈夫ですが「誠、信じてくれ」が出だすと、もうダメです。大粒の涙を流すやしきたかじんの顔がアップで映ります。TV的に言えば、新野新が主婦視点、やしきたかじんが夫視点で、主婦が見ている番組で、ガラの悪いこわおもての夫を主婦が泣かせて、主婦の方が強いという場面は、非常に心地良いわけです。たかじんは、泣き崩れて、心臓を押さえて倒れます。「く、苦しい。心臓の薬を頼む」と言って、机に覆いかぶさるようにして倒れます。アシスタントの女性がコップに水を入れて持ってきますが「違う。俺のカバンの外ポケットに入っている心臓の薬や」と言うたかじん。アシスタントの女性がたかじんさんのカバンを持ってきて「外ポケットがいっぱいあるんですけど」と言います。書類などを入れる平べったい学生カバンで、正面に2つ、サイドに2つ外ポケットがあります。「左、左や」とたかじんさんは言いますが、平らな正面側に2つ左右並んで外ポケットがあって、カバンの厚み部分であるサイドにも左右ポケットがあって、どっちの左が分かりません。「正面の、その左、それや」アシスタントの女性が外ポケットを開けると、中から、カプセルが二種類、錠剤が三種類出てきます。女性は「どの薬でしょう?」と困っています。顔色が真っ黒になって、呼吸が今にも止まりそうなたかじんさんが「その、紙の袋に入った、病院の、カプセルと、ビンの錠剤が、白い。もう良い、全部よこせ」倒れたたかじんさんが、薬を飲んで復活すると、ぜぇぜぇ肩で呼吸して、「苦しい。苦しかった。ありがとう」とアシスタントの女性にお礼を言うのですが、北野誠さんは「じゃあ、そろそろたかじんさん。ビシッと言って下さいよ」と、この期に及んでさらに追い詰めます。たかじんさんは汗と涙でぐしょぐしょになった顔をうつむかせたまま、動きません。桂べかこさんが「でも、こうして、みんなで楽しくしゃべれるのって良いよね」と話を別の方向に持って行こうとしますが、誠さんは「そろそろ、たかじんさんも準備できたでしょう」と言って話を戻します。


たかじんさんがうつむいたまま小声で「よし」と言って、机をバンと叩き「おい、そこの**(業界名)」と怒鳴ったところで、新野新が「この和菓子おいしい。どこで売ってるの?」と甲高い声で言います。たかじん「こら待て、新野新。人が覚悟決めて、ビシッと言おうとしたところを、何割って入ってきとんじゃこら」と怒鳴って、新野新の机を蹴り上げます。新野新は涼しい顔で「そんなん、どうでも、よろしおますやん」と言います。そのまま番組は、美味しい和菓子を売っている名店の話になり、新野新は「え!こんなん一個で八百円もするの?高いわぁ。自分じゃ買えへん。お中元で誰かくれないかしら」と人の話をまったく聞かないおばちゃんトークを繰り返します。でも、たかじんさんがリアクション芸を全部出し切った後、本当にやばいことを言う直前で、話題を変えるのは新野新なんです。晴れ時々たかじんが、たかじんさんの個人都合で放送をやめて、歌手として全国ツアーをした後に関東のテレビ界に進出するわけですが、放送を終えることを決めてからの一ヶ月ほど、新野新を罵倒して「アホや天然や言われても、放送作家の先生や、俺にはわからん計算もしているやろ思って、話し合せてきたけど、あんたただの天然やったやないか!」と何度か切れます。個人的な想像ですが、たかじんさん的に、東京進出にあたって、新野新も一緒に来てくれと依頼したら、断られての激怒だったのじゃないかと思います。