博士の異常な鼎談

博士も知らないニッポンのウラ」の続編で、いまさらのように熱い。

http://www.youtube.com/watch?v=Cm8964I36_M
町山智浩さんで面白かったのは、アメリカの左翼は銃規制反対派で、その根拠は銃を規制したら、警察や軍が市民に銃口を向けたとき闘う手段がなくなるから。という話で。


要はアメリカ人にとって夜警国家すら大きな国家であって、警察や軍すら必要なくて、自分の身は自分で守る、夜警国家より小さな国家をイメージすると政府・公務員・税金不要論まで行きかねない。


アメリカのフロンティアスピリッツやプロテスタンティズムは、元々そういう物なのだと思う。治安を守る警察や軍がいない海や新大陸に武装して出かけていって、自分たちの家を作る。


聖書のカインとアベルの話で言えば、狩猟をする鍛冶屋のカインと、農耕民のアベルの兄弟がいて、獲物を求めて移動するカインは定住する土地を持たない。農地を耕すアベルは父の財産(土地)を相続するが、カインは土地を離れる。


農地を耕して一年後に収穫する農耕民には、農地を守る夜警国家が必要だが、獲物を狩ってその日暮らしをする狩猟民族には夜警国家すら存在しない。ユダヤ人は狩猟民族で、ローマカトリックは土地や教会といった建物に留まり、プロテスタントは土地を捨てて新天地に移った。


実存主義サルトル遊牧民の思想を語ったドゥルーズ=ガタリ辺りは、フランス文化を学んだドイツのプロテスタントの思想を、カトリックのフランスに逆輸入した思想だ。


カトリック社会にはノブレス・オブリージュ(貴族の義務)がある。富める者・力のある者は、貧しき者を食わせて、弱き人を助けなければならない。転じて、下々の弱者が好き勝手をすると、上にいる高貴な人に迷惑が掛かるから、勝手なことをするなとなる。


プロテスタントは、自由を求めて、カトリック社会民主主義的なセーフティネットから自ら離れて、野垂れ死ぬかもしれない新大陸へ渡ったわけ。


日本の法律は成文法メインで、やって良いことと悪いことが文章化されている。最高裁判所で裁くのは、東大法学部を出た知識人だ。アメリカは陪審員の人気投票で裁判の勝ち負けが決まる。陪審員は必ずしも知識人ではない。


アップルがネット上で音楽を無料配信し始めたとき、あれが合法かといえば、日本の制度でいえばダメでしょう。法律上やって良いとは書いてないし、著作権を侵害している可能性が高い。でも法律違反だろうが、処罰されようが、やりたい人はやる。やった結果、みんなが得をすれば、法は後からついてくるのがプロテスタント的な考え方だ。全員が得をするなら裁判という人気投票でも勝ち抜ける。


著作権料を払うのか払わないのか、払うとしたら誰にいくら払うのか、前例がないから事前にはわからない。個別に契約書を交わす中で、慣習を積み重ねて慣習法にしていくしかない。古代から中世にかけて中国の後追いをして、近代以降アメリカの後追いをしてきた日本の官僚機構は、翻訳者の立場に立っている。先進国の事例・判例を翻訳して紹介するのが官僚のトップで、諸外国の前例がないことに関しては、合法も非合法もコメントできない。


セーフティネットの中で高貴な人に守ってもらう立場の下々の者が、自己責任でなく、高貴な人の名の下に、高貴な人の責任で物事を行うなら、法律上許可されていないことをするには、上の人にお伺いを立てて、法律を変えるなり、説得を試みるなり、時間と手続きがいるが、自己責任で刑務所に入ろうが、他人の恨みを買おうが関係なくやりたいようにやるなら、取り合えずやってみて、苦情が来たら自ら対応するで、どうにかなる。


カトリック=農耕民族=官僚制度=社会民主主義
プロテスタント=狩猟民族=ベンチャー自由主義経済


オバマ国民健康保険制度がラティーノカトリックの多い南米出身アメリカ人)に支持されて、白人黒人の支持が少ないのも、その辺りだろうなと。言われたことを言われた通りにしていれば安全だというセーフティネットの最も発達した場所が刑務所で、自分の所属するコミュニティーから最も自由な空間の究極は無人島で、居心地の良い空間てのは刑務所と無人島の間にあると思う。