格闘技ブームの終わり

PRIDEとヤバイ筋の付き合いが週刊誌に告発されて、テレビがPRIDEから離れたり、HERO'Sも主催者が秋山選手に反則してでも桜庭選手を潰せと指示したとの内部告発http://www24.atwiki.jp/sweatslip/pages/50.htmlもネットで騒がれ、格闘技とジャパニーズマフィアとのつながりが噂される形でマスメディアにとって格闘技がブラック過ぎて扱えない話題になりつつある。日本以外のほとんどの国では格闘技=マフィアというイメージであるのが常識で、マフィアのイベントである以上、そのイベントに出ている格闘家もマフィアであり、尊敬の対象にならないらしい。例えば旧ソ連では空手はマフィアのスポーツであり、法で禁止された格闘技=空手をやっているだけで法律違反で処罰を受けたという。また、アメリカやブラジルでも、総合格闘技の選手=マフィアという扱いだと聞く。


日本のある特定の時代だけ、総合格闘技をマフィアやヴァイオレンスと無関係な物として扱った時代があった。例えば力道山の時代は日本でもプロレス=マフィアのイメージであった。参照http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%AC%E3%82%B9
総合格闘技をただの暴力ではなく、知的な格闘技術として宣伝し、格闘技の地位向上を実現したのは第二次UWF〜初期UFCにおけるグラップリング技術の啓蒙とノールールと喧伝されたUFCにおけるグラップラーの快進撃。が大きいと思う。


格闘技の選手をグラップラーレスリング・柔道・柔術などの寝技・投げ技・関節技)とストライカー(ボクシング・キックボクシング・空手などの打撃)に分けた時に、ヨーロッパの階級社会においてボクシングをやる選手とレスリングをやる選手では、所属している社会階級も年齢も最終学歴も所得も異なっている。義務教育終了後入門し十代でチャンピオンになるボクサーと、名門私立高校や大学でレスリングを始め、二十代後半や三十代でもチャンピオンがいるレスリング。実践的な路上における護身術として二つを比べてみた時に、前提条件が大きく異なる。相手の頭部を殴るボクシングは、実際路上での護身術として実践した時、傷害罪もしくは過剰防衛で前科が付く可能性がある。少年法である程度守られている子供か、親がマフィアで子供も後を継ぎ、懲役も勲章になる家系か、殴った相手から民事訴訟で高額な賠償金を請求されても、払うだけの財産を初めっから持っていないため失うべき資産も名誉も地位も職も初めっから無い、社会的地位や所得の低い人間に限られる。


対するレスリングは、相手のバックを取り、相手の両肩を地面に着ければ勝ちになる競技だ。路上での実践的な護身術として考えた時に、相手の両腕を取り、地面に寝かせて動けなくした所で勝ちを宣言するレスリングは、傷害罪や過剰防衛で起訴される可能性は少ない。警官やガードマンが棒や刃物を持った暴漢を取り押さえる時使われる技術は、ボクシングのそれではなく、レスリングや柔道のそれに近い。棒や刃物を持った暴漢の武器を持つ腕を押さえ、肩の関節を極めて地面に押さえつけ、動けなくなった所で手錠をかける。法を破る側のケンカ作法ではなく、法を守る側の作法だ。


総合格闘技における打撃対関節技の試合は、ある意味、法を破る側対法を守る側の試合をシミュレートしている。グラップリングの技術は相手に不必要な大怪我を与えることなく、相手の動きを奪い、お互いに怪我をせずに勝敗が決まるのを良しとする。グラップリングは暴力に対する反暴力的な技術であった。暴力的で派手な打撃系格闘技と比べ、見た目が地味で細かい関節技の技術や理屈を知らないと面白さが伝わらないグラップリングは、当時の活字媒体でもてはやされた。UWFがテレビ放送されてなかったというのもあるが、活字で説明されないと分からない技術が多いため、その難解さが一部の知識人に受けたのも大きい。UWF〜初期UFCにおいて、キャッチレスリング・サンボ・柔術レスリングの選手が、打撃の選手に常に勝ち、知的なグラップリングの理論も学ばずに、腕力にあかせて暴れ回る街のケンカ自慢よりも強いのだと、試合を通じて反暴力・反マフィアのメッセージを送っていた。これによってこの時期の日本では総合格闘技≠マフィアのイメージが定着する。(事実がどうかでなくあくまで表面的なイメージね)


個人的に、何かがおかしいと思ったのはヒョードル選手がノゲイラ選手に判定勝ちを収めた辺りからだ。当時ノゲイラ選手はグラップリングのトップに立つ選手で、ヒョードル選手は地面に寝転がった相手選手の頭部を上から殴り地面に相手選手の後頭部を叩きつけるパウンドという技術を持った選手だった。パウンドをルール上、許可している地点で、ルールは限りなく暴力的≒マフィア的なのだが、その選手相手にノゲイラ選手はクリーンなグラップリングで試合を進める。試合は判定になり、当時チャンピオンだったノゲイラ選手が負けてヒョードル選手がチャンピオンになる。相手の頭部を地面に叩きつけるというのは、仮に地面がコンクリートアスファルトである場合、コンクリートアスファルトで人の頭部を殴るのと同じことだ。これはマフィアの流儀であり、一般市民の目から見て人前でやって許されるような物ではない。歴史も浅く、ルールもあいまいな総合ルールでの判定では、勝者は主催者の意向で決まると言って良い。イベントの主催者はグラップリングのクリーンな闘いより、マフィア流の迫力のある暴力がチャンピオンに相応しいと考えたのだ。これはイベンターが法を守る側よりも法を破る側に共感を寄せていると公に認めたも同然だ。このノゲイラVSヒョードル戦は三回やって三回とも判定でヒョードル選手が勝っているが、三度目の判定は、完璧に負けたという顔をしたヒョードル選手の頭をノゲイラ選手が手でなでるという行為までして両者の力関係を示しているにも関わらず、主催者はヒョードル選手を選んでいる。


UFCの試合はオクタゴンと呼ばれる金網の中で闘われるのだが、最近の試合はUFCでも打撃の選手が優勢で、相手選手の頭部を金網にぶつけて倒すのが試合の勝ちパターンなのだという。レスリングや柔術はより優勢なポジションを取るための格闘技だ。相手の上に乗り、相手の両肩を地面に着けることで、相手を動けなくすると共に、下からのパンチは馬乗りになった自分の頭部には届かず、届いても後ろに支えが無いため力は後ろに逃げてパンチ力は半減し、逆に相手の頭部を殴る時には、相手の頭が地面に付いているため叩きつければダメージは大きい。そのようなポジションになった地点で闘いを止める。これがレスリング・柔術であり、有利なポジションを取るために、相手を投げたりバックを取ったりしたのが、街中のコンクリートの壁を模した金網に相手の頭を叩きつければ決着が付くのであれば、相手を投げる必要も上になってポジションを取る必要もなく、相手を壁際に追い込む技術さえあれば、テイク・ダウンもガード・ポジションもパスガードもマウント・ポジションもニー・オン・ザ・ベリーも必要ない。壁際に押し込んで頭部を壁に叩きつければ良いのなら、変な話、相撲の選手が一番強いことになる。


マフィアとの関係が公になって格闘ブームは終わり、UWFの信用を使い果たした感もあるのだが、その前兆はリング上の闘いにずいぶん前からあらわれていたと思う。個人的には、総合がバイオレンスに成り過ぎて逆にほのぼのしたプロレスを良いと思うようになった。総合からプロレスに行った小川直也選手の気持ちを今なら支持できる。総合はアブダビコンバット柔術の大会があれば十分だと思う。最後はジャイアント馬場選手の言葉で閉めます。トップに立つ選手は、ストンピングをしてはいけない。