美術関連

別冊宝島71巻「わかりたいあなたのための現代美術入門」ぐらいしかちゃんと読んだ経験はなくて、雑誌の美術手帖の記事を学生時代にちょこちょこ読んでいた程度。興味の範囲も、そもそも抽象画って奴は、何をやっているのか?程度で。別冊宝島読んで、写真の発明と普及から写実的な絵の需要は写真に奪われて、写真にうつせない物を描く方向へ行かざるを得なかった事情や、抽象画というのは壁紙のデザインみたいなものだ、家の強度を保つために柱や壁は必要で、それらの壁を無地の一色に塗れば圧迫感があってしんどいが、何か模様をつけることで、圧迫感がなくなり目立たなくなる。シマウマの縦縞やミリタリーの迷彩服がそうであるように、存在を目立たなくするための模様が抽象画なんだ。みたいな話に割と納得したところで興味が終わっちゃってる。立方体を並べた抽象的な彫刻・立体物の批評を読んだが、難しい哲学用語が出てきて理解できず終了。具象画の批評や美術史はほぼ読んでいない。


高校の頃読んだ別冊宝島以降の美術の知識だと、具象画=カトリック、抽象画=プロテスタントというのはなんとなく分かる。聖書は偶像崇拝を禁止していて、カトリックでもルネッサンスまでは具象画や写実的な彫刻は禁止で、ルネッサンスに具象画が解禁された。プロテスタントは教会の人的ネットワークより聖書の読解を優先するので、聖書に書かれた偶像崇拝の禁止が、割と適用されて、イエスキリスト像やマリア像ではなく十字架を使ったり、十字架を連想させる立方体・直方体・四角形なんかの幾何学的な造形がプロテスタントぽい美術になるんだろうなという気がする。


個人的な絵の好みを言うと昔「ロシア構成主義好きでしょ」と言われたことあって、円とか三角とか四角とか幾何学的な図形の羅列で具体的な風景や建物を描いているロシア構成主義の絵は確かに好みかもなぁとか、ピクトグラムが好きなんだよなぁとか、初期ファミコンとかゲームボーイとかバーチャルボーイとかの解像度が低くて抽象度の高い絵が気持ち良かったりする。


なんかね、昔、物書きになって出版業界で働けたら良いなぁと思って、DTPデザイン系の飲み会に参加したら、超一流の売れっ子デザイナーの人達がいた。あの手の人達は皆、幼い頃から絵を描くのが好きで、クラスで一番絵が上手くて、写実的な絵を描くデッサン力では、誰にも負けなかった人達で、中学二年の進路相談で「普通科の高校行かずに、美術系の専門学校行きます」と言っても誰にも反対されず「君なら当然そうだろ」と言われて、美術系の学校行って、卒業後は、美術系の大学行かずに、即デザイン事務所に就職し、2〜3年勤めたら、独立して個人事務所作って、そのまま売れっ子みたいな人生で、ハタチそこそこで会社作っていたりする。


俺なんかは、これと言った才能も特技もないまま小学校中学校過ごしてさ、中学二年の進路相談で「普通科の高校行かずに、デザインやります、音楽やります、文章書きます、映像撮ります」と言って成功したポップスターの記事を宝島で読んで、憧れながらも親と先生に「お前地元の高校な」と言われて特に反論するでもなく「はい」と言って、そのまま普通科の高校行って、ハタチそこそこで個人事務所という名の会社を作ることもなく、三流私大で遊んでいた。


そのデザイナー集団の輪に入れていただいた時、その方々は私のことを、自分達と同じ人種と思ったんでしょうね。「ちょっと、みんなでデッサンしてみよう」というわけ。スケッチブックとかいらないの、メモ帳すらいらない感じで、レシートの裏にボールペンで、 ちょこちょこっと絵を描くだけで、みんな、めちゃくちゃ上手いの。時間も一分掛からないぐらいの感じ。あのさ。俺、子供の頃から絵が下手で、クラスで下手な方から数えて三番以内には入っていたね。自分でも上手いと思ったことないもん。その時、俺30代のおっさんだけど、クラスで一番絵の上手い小学生より絶対下手な絵を描いているわけだ。場の空気が凍ったね。俺の絵を見て誰も何も言わなくなったもん。


次にね。その人達はCADとか強度計算の話をしてくるの。美術系の学校出て一番安定して金になる就職先は建築業界で、美術系の教育で一番金と直結している授業はCAD使った設計や建物の強度計算で。デッサンが上手い=カッコ良い・女にモテる。強度計算ができる=まともな教育を受けたインテリ=金持ち。その場にいたのは、オシャレな平面デザイン、カッコ良いポスター作って、女性にキャーキャー言われている方々だったのですが、同じ人種だと思って話かけた相手が、ものすごく絵が下手だった。そこで「分かった、キミ、建築の人でしょ?」というわけで強度計算の話を振られたわけ。建築の強度計算には微分積分が使われるのですが、俺は文系だから微分積分が分かってない。向こうは「俺たち美術系の高校しか出てないけど、キミ四大卒でしょ?」と思っている。でもね、何の目的もなく三流私大の文系に行った俺なんてバカ以外の何者のでもないからね。


美術系の教育を受けていない俺にとって完全なアウェーで、周囲の人も悪意はないしすごくアットホームで良い方々だったのですが、自分は何が出来る人なのか、何をする人なのかを示さなきゃいけない。


西原理恵子のエッセー漫画読んで共感するのは、絵の下手な人間は、モデルに似せた絵を描こうとせずに、自分の描いた絵に似た対象を探そうとする。似顔絵を描くんじゃなくて、絵に似た顔を作る。西原の子供が幼稚園の時に、クレヨンで落書きをする。西原が「何を描いたの?」と聞いたら子供は「天気図」と答えた。高気圧とか低気圧の気圧の谷をグネグネした線で書いた天気図は確かに幼児の落書きに似ている。