西村修選手のポジション

2000年頃、色々事情があってプロレス通にならなきゃけいない状況があった。その頃は「好きなプロレスラーは?」と問われて「西村修」と答えれば、プロレス通と呼ばれる時代だった。当時の西村修選手のポジションについて考えたい。


"プロレス"は英語では単に"レスリング"と呼ばれる。アマレスも英語では"レスリング"でプロレスと同じ単語で呼ばれている。もっと言えば、英語圏の格闘技業界で"プロ"と言えば、"アマチュア格闘技で実績のある選手がギャラをもらって、プロ格闘技の選手にワザと負ける行為"を意味する隠語になる。ギャラの発生する総合格闘技のビッグイベントで外人選手にガチの試合を依頼しようと交渉したとき、日本人側が、ギャラの発生する試合という意味でプロという単語を使ったら、先方が激怒して一方的に電話を切られたという話を本で読んだことがある。


話を戻すと、プロレスは英語圏ではアマレスルールのショーだと考えられている。日本人にはあまり馴染みのないアマレスのルールだが、イメージとしては、柔道着を着ない柔道、もしくは相撲(英語だと"相撲レスリング")に近い。相手選手の体を持ち上げて投げれば勝ち。自分の体が持ち上げられて投げられたら負け。体重制限なしのプロレスでは体重が重ければ重いほど、有利=強いことになる。昔のプロレスで、プロレスラー=体がでかいだったのは、そういう事情がある。小学生とお父さんが相撲を取って遊んだ時、本気を出すと体がでかいお父さんが全勝してしまう。だからこそ、相撲ルールではない、ジュニアという新体操部門みたいな物も発生するのだが、西村選手の場合、体が小さいのに、ジュニアのように空中を跳ぶわけでもなく、ヘビーの選手とレスリングで闘う。当然、体が小さいので簡単に持ち上げられるし、簡単に投げられるし、パワーでは勝てない。そういう技巧派レスラーというポジションにいる。


当時、西村選手は新日本プロレスという日本で1・2を争う大きなプロレス団体にいた。プロレスのストーリーは、外から大型外人選手がやってきて、小さくて弱い選手相手に連戦連勝して、最後団体のトップ選手が出てきて、この選手が負けたら、団体の面子がつぶれて、団体が解散するしかなくなる、という場面でトップ選手が大型外人選手に勝ってシリーズを終わる。西村選手は、外から来た大型外人選手と最初に闘うポジションになる。連戦連敗でストーリー上、一番弱い下っ端の選手だ。一般人からの人気はない。


プロレスにおいて、初対面の選手と闘うのは非常に難しい。どんな技を持った選手なのか、どんなタイミングで、持ち上げて、どんな角度で落すのか、投げ技一つとっても、頭から落とされるのか、背中から落とされるのか、腰からなのか胸からなのかで、受け身が変わってくる。怪我をしないように、かつお客さんを盛り上げるように受け身を取って、試合をしなくてはいけない。データのない外人選手と最初に闘う西村選手の試合は、次にその外人選手と闘うレスラー、3番目4番目に外人選手と闘うレスラーがリングサイドに来て、試合を見てデータを取り、自分の試合に活かす手本になる。西村選手と外人選手の試合で盛り上がった攻防があれば、自分が試合するときにも、その動きを取り入れるし、怪我や事故が起きかねない危険な動きがあれば、それに対する対処も行なう。2番目3番目に闘う選手は、西村選手の動きを見て、マネをすれば良いが、最初に闘う西村選手は、外国人選手の良いところを全部引き出して、ぶっつけ本番で場を盛り上げなきゃいけない。つまり、ショーマンとしての能力が高くなければいけないポジションに西村選手はいる。


同時にポリスマンとしての能力も西村選手には要求される。アマチュアのガチ格闘技出身で、プロレスをなめている選手が参戦してきたとき、関節技などで、相手に激痛を与えて「対戦相手にケガ負わせるようなマネをしたら、こちらもそれなりの仕返しをするよ」というのを試合を通じて分からせる役割も西村選手は担っている。若くて生意気盛りの選手を教育する教育係も兼ねている。


2002年のG1に高山善廣選手が参戦したとき、高山選手の発言が西村選手のカリスマ性を上げた。「新日というのはああ見えて、控え室で一番大きな顔をしているのが西村なんだよ」当時、長州力選手が抜けて、蝶野選手が表向きのトップだった。当時の高山選手は、Uインターからノアに移って、さらに独立してPRIDEに参戦し、UWF系→純プロレス→総合格闘技という経歴で、プロレスラーなのか格闘家なのか怪しいポジション。そもそもブックを守るのかどうかすら、新日からすればよく分からない選手で、下手すれば北尾選手化する可能性すらある喧嘩自慢に対して、新日なめるなよというポリスマンの役割を、体が小さくて連戦連敗の西村選手がやっていたというのが、面白い。表のストーリー上、一番弱い西村選手と、控え室で高山選手に威圧的な態度を取るポリスマン西村という表と裏のギャップが、自称裏をよく知るプロレス通には受けるわけです。喧嘩最強なのは、ベルトを巻いている選手ではなく、大型外国人選手と、データなしで最初に闘うトップバッターだ、つうマニア視点がある。


当時は、どの団体にも西村修ポジションの選手はいると思っていた。大型外国人選手と最初に対戦する小柄な負け役技巧派レスラーは、当然どの時代の団体にもいて、三沢ノアだと小川良成選手とか、今のノアだと井上雅央選手とか。小柄な職人肌の技巧派という意味では、馬場全日時代のカブキ選手など。いま、色々考えるに、やっぱり西村選手は何かがいびつで、独特だ。昔のプロレスでいうと、上田馬之助選手のような、大型外国人選手とタッグを組む悪役レスラーが、ポリスマンの役割をすることはあっても、もしくは、外国人選手をスカウトしたりブッキングしたりする、スカウトマンがポリスマン&教育係の役割を兼ねることはあっても、小柄な対戦相手が、控え室で体張るのは、普通ありえない。スネークピッド出身というのが、西村選手のどこかにあるのだと思う。