軍事オタク

学生時代に大学図書館で追悼三島由紀夫特集みたいな雑誌の増刊号があって、三島由紀夫にゆかりのある人達が三島を語っていた。その中で、野坂昭如が晩年の三島を軍事オタクだったと語り「軍事オタクはオタクの最終形態で、何の訳にも立たない」と語っていたのが衝撃だった。


自動車オタクであれば、ドライブのときに役立つし、パソコンオタクであれば、パソコンの調子が悪いとき、修理に役立つとか、どんなオタクでも何かの役に立つ瞬間があるが、軍事オタクにはそれがないと、野坂昭如が語っていて、戦後民主主義的な洗脳のされ方をしているなぁと思った。


第二次大戦後の日本は、軍事関連を全部アメリカに丸投げしているから、日本において軍事オタクが役に立たないのは事実としても、アメリカのエリートは、自覚の有無は別にして広い意味での軍事オタクだと思う。アメリカのエリート、特に理系の研究者の場合、研究予算は基本軍事研究費名目で国から下りる。基礎研究なんかはその典型だ。


古代・中世の火薬でも、近代の核でも良いが、開発の初期段階で、制御不可能なエネルギーが発生したとき、それを安全にコントロールして、トンネル工事の岩盤を破壊するのに使うとか、タービンを回して発電に使うとかよりも、何だか判らない巨大なエネルギーを爆発させて、周囲の物や人を破壊するだけの方が、技術的に容易だ。


開発の初期段階では、新エネルギーは破壊ぐらいにしか使えない。破壊に使える以上は、誰かが兵器として破壊に使う可能性があると、性悪説的には考える。取り合えず、そのよく判らないエネルギーを、兵器と呼んで、爆発実験を繰り返して、爆発を封じ込める方法を開発する。攻撃用の兵器に対する、防御用の兵器を開発する。爆発を封じ込める素材や方法が確立されて、初めて内燃機関が生まれて、平和利用につながる。


新エネルギーを開発する理系の基礎研究者は、広い意味での軍事産業従事者になる。新エネルギーの平和利用は、基礎研究よりもむしろ、応用研究に属する。当然だが、優秀な研究者ほど、基礎研究に従事し、次に優秀な研究者が応用研究をやる。日本が第二次大戦後、経済復興できた理由の一つは、優秀な研究者を軍事研究ではない、民間の平和利用方面につぎ込めたのが大きい。


掃除ロボット「ルンバ」のメーカーが、機関銃や火炎放射器付きの人間お掃除ロボを開発したとか、殺人ロボット禁止の国際条約がどうこうとか。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130531-00000011-rcdc-cn
http://www.afpbb.com/article/politics/2940438/10631254
軍事面を見る限り、日本はアメリカの51番目の州で、独自の軍事力・権限を持たないし、アメリカ側に軍事的な意味での税金(思いやり予算)を払わなければ成らない。日本は、税金を払って国に治安を守ってもらう民間人な訳で、世界政府・世界警察的な組織が、ちゃんと正義のために効率的に動いてくれれば、良いわけで。


最小限度の機能しか持たない政府のことを夜警国家と言うが、日本はそういう意味で、軍事外交機能を持たない国で、日本の国政選挙は、地方自治体の選挙と変わらないと思う。