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訃報 大塚幸代さん

2015年の4月に亡くなられていたことを今知る。切ない。
8bit cafeの岡村靖幸ナイトで大塚さんにお会いさせて頂いたことがある。スキニーで背が高くてファッションモデルのような外見でした。
太田出版の忘年会で、批評空間の柄谷さんの隣の席に、クイックジャパン大塚幸代さんが座って、柄谷さんが共通の話題を探るように「宇多田ヒカル良いよね」と言ってくれた。という話を聞いた。
死因は公表されていないが、太宰治三島由紀夫ジル・ドゥルーズ的なニュアンスが漂っていて、吉田豪著の「サブカルスーパースター鬱伝」で描かれているようなサブカル40歳の壁を感じさせる。
40歳というのは20歳から60歳まで会社員(社会人)をやるとして、ちょうど真ん中の折り返し地点で、会社の中で大人組に入る。出世コースに乗って新人社員を管理する権威側になるか、脱落してダメな老人として扱われるのかの二択で、サブカル=ユースカルチャーの中に自分の存在意義を求めてきた人間にとって厳しい状況になる。
芸能周辺業界というかオシャレ業界というか、若者向けオシャレ雑誌の編集者やカメラマンやファッションコーディネーターを見ると、芸能人と同じかそれ以上にルックスの良い人が多くて、20代の若者に見える40代50代がいっぱいいて、ファッションモデルではなく、その周辺でこの水準の容姿を要求されるのかと絶望することがある。
その中でも大塚さんは美人で、そういう人がユースでなくなっていく自分を受け入れられなくなるのは、なんとなく想像ができる。役者が年齢に応じて演じる役を変えていくように、ライターも年齢に応じて書く媒体を変えていくことが必要な気もする。
もしくは、逆に、声優が歳とっても子供の声でしゃべるように、若い感性のライターは、一生ユースカルチャーでいた方が楽だったのかもしれない。万年筆のレビューを書くより、海外アイドルのレビューの方が大塚さん向きだったのかも。
サブカル40歳限界説は会社という職場が作り出している制度で、年齢だけを基準に「あなたの仕事はこれです」と割り振るのがおかしいのかもなぁ。