スヌーザー休刊

少し感慨深い。http://www.littlemore.co.jp/magazines/snoozer/news/20110618280.html
終刊号の田中宗一郎氏の対談?回顧録?読むと、スヌーザーが何をやろうとしていたのかが判る。正直、これ読むまで何をやりたい雑誌なのかが判らなかった。


創刊時、編集長の田中宗一郎氏以外の編集者は皆、大学生だったとか、誰も取り上げないようなミュージシャンを紙面で取り上げて、雑誌の力で、CDを三千枚売ったとか、五千枚売ったとか、広告を出してくれているミュージシャンでも、音楽の出来が悪ければ批判もするし、喧嘩もするとか、音楽事務所側が用意したアーチスト写真の使い回しでなくて、自前で撮影した写真を使うとか、そのためには写真撮影用の時間を取ってくれるようミュージシャン側と交渉するとか、大見出し中見出し小見出しを付けずに、要約や単純化が出来ない判りにくさを、判りにくいまま提示したかったとか、スヌーザーリトルモアとの関係やロッキンオン(田中宗一郎氏の出身媒体)に対する偉大なる父を殺す息子の欲望とか話としては面白かった。


ロッキンオンの編集者が、書いていた話で、かつて仕事の鬼と呼ばれた大先輩で、ロッキンオンから独立した編集者が作っている雑誌を見たら、たった一人でロッキンオンよりぶ厚い雑誌を作っていて、さすが往年の名編集者だと思って、雑誌を手に取り最終ページを開いたら、130ページしかなくって、良い紙使って、紙の厚さで雑誌の厚さを稼いでいるだけだった、てなエピソードがあって、私もその程度の認識しかスヌーザーにはなくて、正直何をやりたい雑誌なのかが、判らなかった。スヌーザーの力で、三千枚CDを売ったアーチストもいるという話も、スヌーザーが取り上げない場合の売れ行きが、何百枚クラスのミュージシャンに紙面を割いているという話で、そういうのは、日本一売れていない音楽雑誌を謳っているクッキーシーンの仕事だろぐらいに思っていたし、スヌーザーのいうクラブシーンも、何千人規模の大箱じゃなくて、最大で百何十人しか入らないような規模の会場で、しかもその規模の会場は日本全国に何百もあって、東京だけでも百何十箱あって、その中の2〜3箱での出来ごとを取り上げて語るには、スヌーザーはデカすぎる雑誌だ、金が掛かりすぎる媒体だと思えた(一冊雑誌を出すのに一千万円掛かるという話だ)。読者と同じかそれより若い20歳前後の大学生を編集者として使っていたという話も、予算の都合上、ノーギャラで働く編集者はそのぐらいの年齢にしかいないという話だと思う。


判りにくさを判りにくいまま提示したいという欲望は、商業的成功とは逆行するように思えるし、すそ野の開拓にもならないと思うが、それをするための雑誌だったというのは判るし、田中宗一郎氏の根っこの欲望を表している気がした。