パワーのある技巧派は何故いないのか?

という話を、空手を題材に大槻ケンヂ氏が、雑誌のコラムで書いていた。
テクニックのある選手と、パワーのある選手はいるのに、体がデカくてパワーがあって技巧派の選手は何故いないのか?コラムの結論としては、パワーのある選手は、相手の力を利用してどうこうするより、自分のパワーで突進した方が強い。という物で、デカイ奴がちっこい奴に小手返しとかしてもしょうがないという事を書いていた。


バスケで、身長2メートル20センチの選手と150センチの選手がいたとして、身長差が70センチある。150センチの選手は2メートルの選手の股下にボールを通して、股抜きなどのテクニックを使うが、2メートルの選手が同じように150センチの選手の股下にボールを通して股抜きをしようとすると、150センチの選手がやる以上の技術が要求される。だったら、2メートルの選手同士で高いパスを通した方が早い。


プロレスの話をすると、体のデカイ選手はプロレスが下手であることが多い。具体的にはジャンボ鶴田選手と中西学選手が筆頭だが、ジャイアント馬場選手にしても、非常にプロレスが下手だ。体のデカイ選手は何故プロレスが下手なのか?プロレスの中身にもよるが、例えばルチャの場合、新体操のように空中跳んでバク転したりトップロープからクルクル回って落ちたりするのは、身長150センチの選手の方が2メートルの選手より有利であることは容易に想像がつく。同じトップロープから跳んでも、背が低ければ、トープの高さ÷身長の比が高くなるので、滞空時間が長くより複雑な回転が出来るし、体重が軽ければ、着地時のヒザへの負担も少なくて済む。ルチャ以外のプロレスにしても、体の小さい選手はデカイ選手の胸板を蹴ったり殴ったり出来るが、ジャイアント馬場選手は、小柄な選手に対して、相手選手をロープに振って、自分はロープにもたれて足を上げたまま待つだけで、馬場選手の足に小柄な選手が自分からぶつかって行くので打撃に迫力がない。小柄な選手は思いっきり相手を殴っても相手が怪我をしないが、大型レスラーは、力の加減が判らないので、相手をロープに振って、どのぐらいの力でぶつかるのかは自分で決めてくれに成ることが多い。ジャンボ鶴田選手のインタビューを読むと、投げ技一つとっても、小柄な選手同士だと、相手の頭を肩口まで持ち上げて投げるにしても、低い位置からの投げだから安全だが、大柄な選手の投げは2メートルの高さから落すことになるので、危険で、だから自分は投げ技を封印するみたいな話で、デカイ選手は小柄な選手を投げることすらできない。打撃と投げがダメなら、関節技しかないわけですが、関節技は基本、小柄でパワーの無い選手が、デカくてパワーのある選手に勝つための技なわけです。手四つからの力比べをしたときに、デカイ選手は小柄な選手に勝つわけですが、小柄な選手がデカイ選手の人差し指を一本だけ拳で握って、指折りに行けば、いくら小柄な選手の手首でも、大柄な選手の人差し指一本より太いので、パワー負けしません。(プロレスでは3本以下の指をつかんで折るのは反則ですが、5秒以内の反則はOKルールを駆使して闘うのが、小型レスラー対大型レスラー戦の基本です)関節技は基本、相手の小さな関節を自分のより大きな関節で締め上げる技です。腕ひしぎ逆十字であれば、ひじの関節一個に対して、二本のヒザの関節を使って、もしくは背骨背筋を使って締め上げるわけです。関節技は、バスケで言う股抜きみたいな物で、小型レスラーが大型レスラーに対して使う技です。


ジャンボ鶴田選手と言えば、小柄なロートルの選手に足四の字か何か掛けられて、痛がっている演技をするのだけれども、どう見ても痛そうに見えないわざとらしい演技で、客席の失笑を買っていたイメージが強い。客席に向かって棒読みで「痛いーー」と叫んだり、上体を起こして、背中からマットに倒れて、何度も背中でマットを強打し、バンバン音を出しながらハードバンプを取るのだが、本当に痛がっている人は、あんな動き絶対しないだろうと、思わせる動きで、遠くから見ると、激しく動くジャンボ鶴田選手が、小柄な選手を攻め立てているように見えるし、あれだけ激しく上体を動かせるなら、小柄な選手を引きづって、ロープまで這えば、簡単にロープブレイクになるように見えた。幼い頃の自分にとって、演技の下手なレスラーの典型がジャンボ鶴田選手だったのだが、最近ネット動画を見ると、大型選手相手だと、迫力のある良い試合をいくつもやっているのが判る。ブルーザ・ブロディ選手・スタン・ハンセン選手を始めとした大型外国人選手や、長州力選手・谷津選手・天龍選手、その辺相手だと打撃も投げ技も遠慮なしに行くので、面白い。この時代の馬場全日の試合を見ると、身長2メートルクラスのスーパーヘビー級の選手が激しくぶつかる怪獣路線です。動画で見る限り、この頃の鶴田選手は、ドロップキック一つとっても、相手選手にはあまり当てずに、真上に飛んで、横になったままマットに落ちるのですが、マットに超重量級の鶴田選手が落ちた時に「ズドーーーン」という重い地響きのような音がして、その音に客席が驚き感動している。鶴田・三沢タッグ戦で、鶴田選手のドロップキックの直後に、若くてまだやせていた三沢選手がドロップキックをするのですが、三沢選手はまだ体重が軽い分、普通に考えると、マットに落ちてもデカイ音はしないのに、着地時、両腕両足でマットを激しく叩くことで、鶴田選手の着地音と同じ音を出している。これは天龍選手が相手の胸板をチョップするときに、手の平に少しくぼみを作って「ズバーーーン」と良い音をさせるのと同じで、音を出すことで、体のデカさや迫力を演出しているわけです。その後の全日の四天王プロレスも、マットへの着地時にどれだけデカイ音重い音を出すのかという、音への挑戦なわけです。


対する新日本プロレスキャッチレスリングを布教していく。関節技主体のレスリングで、プロレスという競技のルールや技術、強さなどをアピールしていく。
回り道しながら書くと、プロレスのルーツにカラー・アンド・エルボーという投げ技主体の形式と、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンという関節技主体のプロレスがある。柔道の歴史をさかのぼると、いまの柔道は投げ技主体の講道館柔道だが、競技化以前の柔道として寝技・関節技主体の高専柔道があって、それがグレーシー柔術のルーツにもなっている。アマレスも、上半身への攻撃のみ認められたグレコローマンと、全身への攻撃が認められたフリースタイルの二種があって、グレコローマンは投げ技主体だが、フリースタイルは投げからの寝技がある。柔道もレスリングも歴史をさかのぼると、ランカシャーレスリングの時代には、打撃も認められていたり、関節技もあったりするのだが、競技として学校教育に取り入れられていく、義務教育の中ですべての児童が一度は経験する物にしていくにあたって、怪我や事故の無い安全なスポーツにしていくと同時に、道場ごとに競技のルールが違うのではなく、全国大会なども開けるような統一のルール化が必要になり、その過程の中で、打撃や関節技が禁止され、受け身の取れる投げ技主体の競技になっていく。すべての人が参加できる安全な競技になると、そこから暴力性や迫力は抜け落ち、ショービジネスとしては、より暴力性の高いものを求める機運も生まれる。古代のレスリングでも、安全な競技に整備されたあと、より暴力的なルールの、打撃関節技ありのレスリングとしてパンクラチオンという競技が生まれている。


個人的に自分が面白いと思うプロレスと、世間の評判は高いが面白いと思わないプロレスの差異を考えた時に、どうも自分は関節技主体のプロレスが好きで、投げ技主体のプロレスは好みではないと判った。Uインター対新日本の動画で、グレコローマン出身の永田選手とフリースタイル出身の石澤選手(ケンドーカシン)がいて、永田選手は、相手の打撃に耐えて、多少自らも打撃を出し、それなりに盛り上げたあと、相手選手を投げると、そこでタッグパートナーにタッチし、試合を終えている。対する石澤選手は桜庭選手相手にグラウンドで関節の取り合いを演じ、試合を盛り上げる。
グレコローマンの試合は、相手のバックを取って投げる。きれいに投げると5点入って、試合が終わる。フリースタイルの試合は、タックルからテイクダウンへ行って、グラウンドで関節の取り合いをして、関節技で試合を終える。今の総合格闘技に近いのはフリースタイルで、そのルーツは18世紀のキャッチレスリングだという。


グレコローマン出身の選手が、アマレスのままプロレスをやっても面白くならないのに、フリースタイル出身の選手は、アマレスのままプロレスをやってもそれなりに面白く感じてしまう理由は、色々あるのだが、
・投げて一本で試合が終わるのは、一試合が平均一分ほどで終わってしまう。
・相手の体を持ち上げて投げたら勝ちだと、体が重いデカイ選手が有利で、体重制限のないプロレスの場合、試合前に体格を見ただけで勝ち負けが判ってしまう。


大雑把に言って、馬場全日=アメリカンプロレス=カラー・アンド・エルボー=投げ技主体=スーパーヘビー級、猪木新日=ヨーロピアンレスリング=キャッチ・レスリング=関節技主体=ヘビー級で、新日の第一試合は、プロレスのルールと関節技の紹介を兼ねた試合をするのが恒例で、演舞ではあるのだけれども、限りなくガチに近い技術を見せるのが売りだった。ノアの杉浦選手が新日に来て、関節技で新日の選手を凌駕し、「ストロングスタイルって、グラウンドレスリングのことだろ」と発言し、ストロングスタイルを売りにする新日の選手よりも、関節技が上手いことをアピールして名を挙げ、ノアのメインで新日の真壁選手とタイトルマッチをしたとき、新日の第一試合のような、プロレスのルールと技術に基づいた試合をして、場を盛り上げた。逆に新日の選手は、新人のときにルールと技術に基づいたキャッチレスリングを第一試合でやって、ルールや(格闘技の)技術からかけ離れた派手な見せ技を出すメインイベントを目指して、選手が努力するので、関節技主体のプロレスを甘く見ている。杉浦-中邑戦も、グラウンドの攻防がすごく面白かったのに、中邑選手のネットラジオを聞くと「大した事ないっすよ」と言ってて、いやいや、大したことあるだろあれは、と思う。